King Crimson / Discipline

Frippの解散宣言をもって消滅したはずだったクリムゾンの、まさかの再々デビュー作。
King Crimson line-up 4
第4期クリムゾン
Discipline : ディシプリン
8th album : 1981
Side A
1 : Elephant Talk : エレファント・トーク
2 : Frame By Frame : フレイム・バイ・フレイム
3 : Matte Kudasai : 待って下さい
4 : Indiscipline : インディシプリン
Side B
1 : Thela Hum Ginjeet : セラ・ハン・ジンジード
2 : The Sheltering Sky : ザ・シェルタリング・スカイ
3 : Discipline : ディシプリン
Personal :
Adrian Belew : Guitar,lead vocal
Robert Fripp : Guitar and devices
Tony Levin : Stick,bass guitar,support vocal
Bill Bruford : Batterie
もともとは、R.FrippがA.Belew、B.Bruford、T.Levinを召集しバンド「ディシプリン」をスタートさせたものの、その後同バンドはキング・クリムゾンと改名しアルバムを製作することとなりました。
このバンドも“キング・クリムゾン”などとバンド名を変更せずに「ディシプリン」という名で活動していれば、当時のニューウェイブの波に乗り、バンドのレベルにあった正当な評価を得られたと思います。改名したおかげで、過去のクリムゾンとはあまりにも音楽の方向性が違いすぎるということから、クリムゾン・ファンからは徹底的に無視されていました。
実際、この時期のクリムゾンの紹介となると、雑誌などでは「〜81年に再結成されたがあまりパッとしなかった」的にサラッとした流したものが多かったし、インターネットでのクリムゾン・ファンのWebページなんかを見ていると「宮殿」から「レッド」までを論評し、ディシプリンなどはすっ飛ばして、次はいきなり「ヴルーム」へと飛んでしまうといったものも幾つかありました。そんな露骨に無視しなくてもいいじゃないっていうくらいの、気持ちイイ無視っぷり(苦笑)。
ただし、それは現行ラインナップのツアーやそのライブ・アルバムで、この時期の楽曲が数多く演奏され、それ自体の強力さが再び提示されたことや、新曲においてもディシプリンの頃に培った音楽の語法が数多く見られたことなどから、第4期の純粋な楽曲としての良さが改めて認識されつつあるようです。
まぁ、実際にリアルタイムで第3期から第4期へと聴き続けていたならば、そんな拒否反応が起こるのも仕方ないかなとも思います。ただ、クリムゾンが属する(といわれている)「プログレッシブ・ロック」というジャンルのの定義が、その言葉通りの「前進し続けるロック」というとても広い意味から、「予定調和・中世を思わせるもの・クラシック的・曲が長い・おとぎ話を思わせたり、自己陶酔な難解な詞の世界・etc...」などのように語彙が極めて浅く狭められて認識されている点も、この時期のクリムゾンが長い間徹底的に無視されたひとつの原因ではないかと思われます。
たぶん、この曲を一発目を持ってきてしまったがゆえに過去からのファンの反発をより強めたんじゃないかと思われる「エレファント・トーク」は、T.Levinのスティックの奇妙な音や、R.FrippとA.Belewのギターの対比が非常にスリルあるものに仕上がっています。特にA.Belewのトレードマークである象の鳴き声「パオパオ」ギターが炸裂しており、トリッキーな印象のみ強調される曲ですが、楽曲の骨組みはすごく良いものであり、それは第5期のライブでも証明されていました。
そして、よりいっそう二人のギターの対比のコントラストが非常にグッとくる「フレイム・バイ・フレイム」、ライブ時のインプロ向けの楽曲としてフレキシブルな構成が重視されたと思われる「インディシプリン」、曲の疾走感がたまらない「セラ・ハン・ジンジード」など、純粋にロックの新しいカッコ良さが堪能できるアルバムに出来上がっていると思います。
そしてBrufordのパーカッションとBelewの高らかに鳴り響くギターが光る「シェルタリング・スカイ」を経て、このアルバムの目玉である「ディシプリン」へと続きます。ガムランを思わせる複雑な調子のツインギター、その裏で実はギタリスト以上に自由闊達にうごめき回るT.Levinのベース、ボトムにてリズムを正確に支えるB.Brufordのドラムなど、4人の高度なテクニックを堪能できるとともに、ガムランのリズムをベースにミニマルな音作りをしているんですが、決してダラけたミニマル・ミュージックにはなっておらず、しっかり「ロック」として成立しています。 「ディシプリン」における、細かいリズムが繰り返し繰り返し重ねられ、螺旋状に上昇・下降する様は、何度聴いても背骨がむず痒くなるような快感を覚えます。誰がどう言っても、もうこのアルバム、というかこの時期のクリムゾンはこの曲で決まりでしょう。
これ以降のクリムゾンではほとんどの作詞をA.Belewが担当しているんですが、実はバンド自身、もっと言えばR.Fripp自身がツイン・ギター、スティック、ドラムによる『音』のダイナミズムこそがクリムゾンであると考えているんじゃないかと思われるほどに、以前に比べ「詞」の重要性は失われている気がします。「詞」はあればいいんじゃない?っていうくらいな。ま、それでも、ヴォーカルも楽器の一部としてしか考えていないわたし的には、そのことはあまり関心事ではないんですが、「混沌こそ我が墓碑銘」や「星なく聖なる暗黒」という言葉の象徴性を重んじる、それまでのクリムゾン・ファンにとっては許しがたいことじゃないかと思いますがね、なんせ、「エレファント・トーク(無駄話)」だもの、神秘性もへったくれもあったもんじゃない(笑)。
何かと批判の多い「ディシプリン」・「ビート」・「スリー・オブ・ア・パーフェクト・ペアー」の3枚を製作したこの時期のクリムゾンではありますが、この「ディシプリン」だけは今も輝き続けるクリムゾンのトップ・クラスのアルバムだと思います。この時期を無視し続けている人や、「クリムゾンは『スターレス』で終わらなければいけなかったのだ」なんて言っている人たちは、多面体であるクリムゾンのある一面しか見ることが出来ていないように思え、非常にもったいないと思います。この時期の3枚のうち、このアルバムだけでも偏見を持たずに聴いてみれば、隠れた宝石が見つかると思いますよ。
...ん〜〜、ただねぇ、この調子であとの2枚のアルバムも造ってくれていたなら、何にも言うことはなかったんだけどねぇ...。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2006/12/25 追記
この時期のライブはKing Crimson Collectors ClubやDGM Live!等でも購入出来るようになり、King Crimsonを名乗る前段階のバンド「Discipline」名義のライブ音源も手に入れられるようになりました(→The Collectors' King Crimson Volume Four「Discipline / Live At Moles Club 1981」)。いやはや、長生きしてみるもんですよ、本当に良い時代になったなぁ。
この時期のアルバムではR.FrippとAdrian Belewのツイン・ギターの事が話題に上ったり、Bill Brufordのシモンズ・ドラムの事が話題になったりしますが、もう一つ忘れちゃいけないのがTony LevinのStick、そしてT.LevinのそのStick捌きでしょう。まず始めて見た時の見た目インパクトは結構デカイものがありました、「何だこれ、どこの民族楽器?」なんて。
ギターからベースの音階を8〜12弦でまかない、奏法としてはギターというよりも打楽器に近いようなタッピングが中心となるこのStick、まだStickの会社自体は1974年に設立された若い会社であり、若い楽器のようであります。そんなStickをステージ上で大股おっ広げて弾きまくるT.Levinの雄姿には痺れますよ。
T.Levinはベース(ドラムのスティックを指に括り付けてパーカッシブにベースを奏でる"Funk Fingers"なんてのもこの人の得意とする奏法ですな)とStickを要所要所で使い分け、二人の個性的なギタリストの裏で格好良くしかも複雑な演奏を、でもホントは「実はこの人が一番好き勝手に弾いているんじゃないか?」とまで思ったほどに自由闊達に演奏を繰り広げております。
この人のオフィシャル・ページ(日本語版はこちら)を見ても分かる通りにユーモア溢れる人物であり、スタジオなどではR.FrippとB.Brufordらが喧々諤々の音楽論争を繰り広げ始めたりすると「俺、そういうのは分かんないからスタジオから出てっちゃうんだよね(意訳)」との事、わはは、イイ話だ。
第4期クリムゾン
Discipline : ディシプリン
8th album : 1981
Side A
1 : Elephant Talk : エレファント・トーク
2 : Frame By Frame : フレイム・バイ・フレイム
3 : Matte Kudasai : 待って下さい
4 : Indiscipline : インディシプリン
Side B
1 : Thela Hum Ginjeet : セラ・ハン・ジンジード
2 : The Sheltering Sky : ザ・シェルタリング・スカイ
3 : Discipline : ディシプリン
Personal :
Adrian Belew : Guitar,lead vocal
Robert Fripp : Guitar and devices
Tony Levin : Stick,bass guitar,support vocal
Bill Bruford : Batterie
もともとは、R.FrippがA.Belew、B.Bruford、T.Levinを召集しバンド「ディシプリン」をスタートさせたものの、その後同バンドはキング・クリムゾンと改名しアルバムを製作することとなりました。
このバンドも“キング・クリムゾン”などとバンド名を変更せずに「ディシプリン」という名で活動していれば、当時のニューウェイブの波に乗り、バンドのレベルにあった正当な評価を得られたと思います。改名したおかげで、過去のクリムゾンとはあまりにも音楽の方向性が違いすぎるということから、クリムゾン・ファンからは徹底的に無視されていました。
実際、この時期のクリムゾンの紹介となると、雑誌などでは「〜81年に再結成されたがあまりパッとしなかった」的にサラッとした流したものが多かったし、インターネットでのクリムゾン・ファンのWebページなんかを見ていると「宮殿」から「レッド」までを論評し、ディシプリンなどはすっ飛ばして、次はいきなり「ヴルーム」へと飛んでしまうといったものも幾つかありました。そんな露骨に無視しなくてもいいじゃないっていうくらいの、気持ちイイ無視っぷり(苦笑)。
ただし、それは現行ラインナップのツアーやそのライブ・アルバムで、この時期の楽曲が数多く演奏され、それ自体の強力さが再び提示されたことや、新曲においてもディシプリンの頃に培った音楽の語法が数多く見られたことなどから、第4期の純粋な楽曲としての良さが改めて認識されつつあるようです。
まぁ、実際にリアルタイムで第3期から第4期へと聴き続けていたならば、そんな拒否反応が起こるのも仕方ないかなとも思います。ただ、クリムゾンが属する(といわれている)「プログレッシブ・ロック」というジャンルのの定義が、その言葉通りの「前進し続けるロック」というとても広い意味から、「予定調和・中世を思わせるもの・クラシック的・曲が長い・おとぎ話を思わせたり、自己陶酔な難解な詞の世界・etc...」などのように語彙が極めて浅く狭められて認識されている点も、この時期のクリムゾンが長い間徹底的に無視されたひとつの原因ではないかと思われます。
たぶん、この曲を一発目を持ってきてしまったがゆえに過去からのファンの反発をより強めたんじゃないかと思われる「エレファント・トーク」は、T.Levinのスティックの奇妙な音や、R.FrippとA.Belewのギターの対比が非常にスリルあるものに仕上がっています。特にA.Belewのトレードマークである象の鳴き声「パオパオ」ギターが炸裂しており、トリッキーな印象のみ強調される曲ですが、楽曲の骨組みはすごく良いものであり、それは第5期のライブでも証明されていました。
そして、よりいっそう二人のギターの対比のコントラストが非常にグッとくる「フレイム・バイ・フレイム」、ライブ時のインプロ向けの楽曲としてフレキシブルな構成が重視されたと思われる「インディシプリン」、曲の疾走感がたまらない「セラ・ハン・ジンジード」など、純粋にロックの新しいカッコ良さが堪能できるアルバムに出来上がっていると思います。
そしてBrufordのパーカッションとBelewの高らかに鳴り響くギターが光る「シェルタリング・スカイ」を経て、このアルバムの目玉である「ディシプリン」へと続きます。ガムランを思わせる複雑な調子のツインギター、その裏で実はギタリスト以上に自由闊達にうごめき回るT.Levinのベース、ボトムにてリズムを正確に支えるB.Brufordのドラムなど、4人の高度なテクニックを堪能できるとともに、ガムランのリズムをベースにミニマルな音作りをしているんですが、決してダラけたミニマル・ミュージックにはなっておらず、しっかり「ロック」として成立しています。 「ディシプリン」における、細かいリズムが繰り返し繰り返し重ねられ、螺旋状に上昇・下降する様は、何度聴いても背骨がむず痒くなるような快感を覚えます。誰がどう言っても、もうこのアルバム、というかこの時期のクリムゾンはこの曲で決まりでしょう。
これ以降のクリムゾンではほとんどの作詞をA.Belewが担当しているんですが、実はバンド自身、もっと言えばR.Fripp自身がツイン・ギター、スティック、ドラムによる『音』のダイナミズムこそがクリムゾンであると考えているんじゃないかと思われるほどに、以前に比べ「詞」の重要性は失われている気がします。「詞」はあればいいんじゃない?っていうくらいな。ま、それでも、ヴォーカルも楽器の一部としてしか考えていないわたし的には、そのことはあまり関心事ではないんですが、「混沌こそ我が墓碑銘」や「星なく聖なる暗黒」という言葉の象徴性を重んじる、それまでのクリムゾン・ファンにとっては許しがたいことじゃないかと思いますがね、なんせ、「エレファント・トーク(無駄話)」だもの、神秘性もへったくれもあったもんじゃない(笑)。
何かと批判の多い「ディシプリン」・「ビート」・「スリー・オブ・ア・パーフェクト・ペアー」の3枚を製作したこの時期のクリムゾンではありますが、この「ディシプリン」だけは今も輝き続けるクリムゾンのトップ・クラスのアルバムだと思います。この時期を無視し続けている人や、「クリムゾンは『スターレス』で終わらなければいけなかったのだ」なんて言っている人たちは、多面体であるクリムゾンのある一面しか見ることが出来ていないように思え、非常にもったいないと思います。この時期の3枚のうち、このアルバムだけでも偏見を持たずに聴いてみれば、隠れた宝石が見つかると思いますよ。
...ん〜〜、ただねぇ、この調子であとの2枚のアルバムも造ってくれていたなら、何にも言うことはなかったんだけどねぇ...。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2006/12/25 追記
この時期のライブはKing Crimson Collectors ClubやDGM Live!等でも購入出来るようになり、King Crimsonを名乗る前段階のバンド「Discipline」名義のライブ音源も手に入れられるようになりました(→The Collectors' King Crimson Volume Four「Discipline / Live At Moles Club 1981」)。いやはや、長生きしてみるもんですよ、本当に良い時代になったなぁ。
この時期のアルバムではR.FrippとAdrian Belewのツイン・ギターの事が話題に上ったり、Bill Brufordのシモンズ・ドラムの事が話題になったりしますが、もう一つ忘れちゃいけないのがTony LevinのStick、そしてT.LevinのそのStick捌きでしょう。まず始めて見た時の見た目インパクトは結構デカイものがありました、「何だこれ、どこの民族楽器?」なんて。
ギターからベースの音階を8〜12弦でまかない、奏法としてはギターというよりも打楽器に近いようなタッピングが中心となるこのStick、まだStickの会社自体は1974年に設立された若い会社であり、若い楽器のようであります。そんなStickをステージ上で大股おっ広げて弾きまくるT.Levinの雄姿には痺れますよ。
T.Levinはベース(ドラムのスティックを指に括り付けてパーカッシブにベースを奏でる"Funk Fingers"なんてのもこの人の得意とする奏法ですな)とStickを要所要所で使い分け、二人の個性的なギタリストの裏で格好良くしかも複雑な演奏を、でもホントは「実はこの人が一番好き勝手に弾いているんじゃないか?」とまで思ったほどに自由闊達に演奏を繰り広げております。
この人のオフィシャル・ページ(日本語版はこちら)を見ても分かる通りにユーモア溢れる人物であり、スタジオなどではR.FrippとB.Brufordらが喧々諤々の音楽論争を繰り広げ始めたりすると「俺、そういうのは分かんないからスタジオから出てっちゃうんだよね(意訳)」との事、わはは、イイ話だ。

