No-Man / Flowermouth

“Porcupine Tree”のSteven WilsonとTim Bownessのアンビエント・ポップ・ユニットである“No Man”の
ファミリー・ツリー的に言えば(←変な日本語だな)、元JAPANのRichard BarbieriやMick Karnなどがライブのサポート・メンバーを務めたり、No-manの他のアルバムにも数多くの貢献をしたりもしています。
もっとも、このアルバムの存在を知ったのは元Japanからの繋がりではなくて、このアルバムにゲスト参加しているRobert Fripp繋がりなんです。「またか」と思われましょうが、またかでも構いません!(キッパリ)。
丁度King crimsonが活動を再開するだの、しないだの言っていた1994年頃、そろそろミニ・アルバム「VROOOM」も発売されるという頃ですね、雑誌などの情報をひっくり返していた所、『R.Frippがイギリスの“No-Man”というバンドにゲスト参加している』らしいという記事が載っていた為、“No-Man”というバンドの事は1mmたりとも知らなかったのですが、日本盤も出ていた事もあり即購入。
当時King Crimsonの再結成を控えておきながら、当のR.Fripp御大は「課外活動」に莫大な精力を傾けておりまして、94年前後に発売されたアルバムだけでも、The OrbのAlex PatersonやTomas Fehlmannらとのユニット“FFWD”の『FFWD』、“Iona”『Journey Into The Morn』、“The Grid”『Evolver』、“The Future Sound Of London”『Lifeforms』などなど、その他にも山のようにゲスト参加しておりました。
私などは思わず「そんなアルバイトはいいから、頼むから本業(= King Crimson)のアルバムを早く!」などと叫んでおりましたが、その爆発的音楽衝動もKing Crimsonの活動再開の為の助走だったのかしらん。
閑話休題。
購入しCDプレーヤーに掛け一聴してみたところ、まさに「当たり!」となりました。良かった良かった。初期のDavid Sylvianなどの系統に繋がる、遅れてやってきた『ニューウェーバー』なヴォーカルとアンビエント・ポップ/エレクトリック・ポップ的なアプローチが私のツボにグッときました。
ゲスト参加したミュージシャンはは前述したRichard Barbieri(Electronics,ex.Japan)やRobert Fripp(G,Frippertronics ,ex.King Crimson)、そしてSteve Jansen(Per,ex.Japan)、Mel Collins(Sax,ex.King Crimson)、Ian Carr(Trumpet,ex.Nucleus)など、私的垂涎のラインナップ。ステキ過ぎる。
M-1からピアノやストリングス、I.CarrのトランペットやM.Collinsのサックス、そしてR.Frippのギター・ソロがT.Bownessのウィスパー・ヴォーカルと絡み合う9分を越す大作。場面場面の展開が矢継ぎ早になされるけれども、俗に言う『プログレ』的な大袈裟な展開ではなく、流れる水のような自然な流れとなっています。
エレクトリック・ポップさとアンビエント・ハウス的な語彙をもって作られたM-2やM-6、T.Bownessの耽美的なヴォーカルをメインに世界が繰り広げられてゆくM-3やM-7など、劇的な盛り上がりは無いものの染み入るような良い曲が揃っています。
劇的な盛り上がりが無いと上述しましたが、ラス2となるM-8ではR.Frippのギターが大盛り上がり大会、まさに吠えまくります。Lisa Gerard(Vo,ex.Dead Can Dance)の叫び上げるようなヴォーカルと、R.Frippの切り裂くようなギターをバックに曲は進んでゆくのですが、後半の3分間はまさにR.Frippのギター・ソロ&Frippertronicsの独壇場となります。
このアルバムの中でもFrippertronicsは色々な所で使われているのですが、D.SylvianやNo-Manの様なアンビエントなヴォーカルものには特によく合うようです。そして背骨を震わされるような『カッチョイイ!』としか言えないギター・ソロ、シビれまくります。
そしてM-9ではエレクトリック・ヴァイオリンが効果的に使われており、それと粘つくようなヴォーカル、ラストで展開されるロング・トーンなギター・ソロ、どれもが曲を構成する上で欠かせないものとなっており、ドラマティックな曲と成り得ています。
ラストを飾るこの2曲の為だけに、私にとってこのアルバムは手放せないものとなっております。
ただこれ以降のアルバムも何枚か購入したのですが、より内省的に・より耽美的に・よりアコースティックへと、内へ内へと籠もるような作品が多いように感じます。その内面へのエネルギーと外部からのゲストの指向性との掛け合わせから生まれるモノの力を「Flowermouth」では存分に感じられたので、今の傾向はちょっと勿体ないようにも感じられます。
今では日本盤もきっと廃盤になっているだろうし、そもそもCD屋さんにコーナーすら見かけないNo-manですが、見かけたら手に取って眺めるぐらいはしてみて下さいませ。特にR.Frippファンにとってはこのアルバム、「即買い」の域ですよ。
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2007/05/29追記
2006年のPorcupine treeの日本ツアーの前座を(もともとはProjeKct Six名義で参加のはずでしたが)Robert Frippが務めたり、R.FrippがS.Wilsonの事をベタ褒めしてたり、新作『Fear of A Blank Planet』にゲストとして参加したり、といったRobert FrippとPorcupine treeの中心人物Steven Wilsonとの濃い交流はこのアルバムから始まっていたのだと思います。
No-Man、Porcupine tree、etc...の事ならば何はともあれココ!といったサイト「Steven Wilson JPBO」さんの渾身のアルバム・レビューには
「One Little Indian の力の入れ方が窺い知れるが、既にこの時、 No-Man とレーベルの間には方向性の相違による亀裂が生じていた。」
とありますが、やはりレーベル側の描くNo-Man像とバンド、S.WilsonとTim Bownessらの描くそれとはかなりの乖離があったんでしょうか?確かにこの後のアルバム群ではこのアルバムにあったようなカラフルで落ち着きを伴った奔放さとでも言いましょうか、そんな万華鏡の中のようなきらびやかさが徐々に失われ、キリキリと絞り込まれるようなストイックなアンビエント・ポップへと移行していった様に思われます。
それらはそれらで好きだったりするのですが、私にとっての一番に挙げるべきNo-manのアルバムはやはりこの『Flowermouth』だったりします。
「R.Frippがゲスト参加してるからじゃねーの?」と言われるでしょうが、むしろそんな声には「あぁ、そのとーりだ!」と答えておきましょう(苦笑)。
それくらいに90年代に於けるR.Frippのゲスト参加アルバムでは重要な作品だと思います。シビれるくらいのロング・トーンのギター、まだ聴いていないコアなファンの方はいないとは思いますが、いたとしたら是が非でも手に取ってみて下さい、No-Manの創り上げる世界観とR.Frippのギターの相性の良さにシビれまくれること請け合いでごさいますよ。
そうそう、この『Flowermouth』のリミックス・アルバム『flowermix』が1995年に発売されております。

『Flowermouth』に収められた楽曲達がバラバラに崩されドローンになめされきらびやかだったガラス片が押し潰され溶解され再構築された様はこのアルバムを気に入った方には是非聴いてもらいたいです。
2005年に再発された『Flowermouth』にはこのリミックス・アルバムから「Angeldust」と「Born Simple」がボーナス・トラックとして収められているそうです。元曲であるM-1「Angel Gets Caught In The Beauty Trap」をブロックに分け単調なビートで鞣し(なめし、って俺が読めなかったんだけれども)、T.BownessのヴォーカルもMel CollinsのサックスもR.Frippのギターをもパーツとして扱い再構築されたこのリミックス、なかなかに好きな楽曲。
「Born Simple」は果ての見えないような夜の海の鼓動を聴いているが如き暗いアンビエントな楽曲。R.FrippのSoundscapeと鼓動のようなビートが無機質に絡まる一品、「せっかくの『Flowermouth』をこのボーナス・トラックで〆て良いのか!?S.Wilson!」と問い詰めたくなります(笑)。
もひとつ追記として、このアルバムも「Flowermouth」というアルバム・タイトルも好きなのですが、このジャケット、冷たい空気と華やかでかつ張りつめたカラフルさが同居する素敵なジャケットが購入当時から好きだったのですが、よくよく見てみるとこのグラフィック・デザイン、King Crimsonの『紅伝説』などを手掛けたBill Smith Studio作でした。おぉ、良い仕事するな、Bill Smith!
つーか、追記が長いよ、俺(苦笑)。
関連URL:SWJPBO "Flowermouth"
もっとも、このアルバムの存在を知ったのは元Japanからの繋がりではなくて、このアルバムにゲスト参加しているRobert Fripp繋がりなんです。「またか」と思われましょうが、またかでも構いません!(キッパリ)。
丁度King crimsonが活動を再開するだの、しないだの言っていた1994年頃、そろそろミニ・アルバム「VROOOM」も発売されるという頃ですね、雑誌などの情報をひっくり返していた所、『R.Frippがイギリスの“No-Man”というバンドにゲスト参加している』らしいという記事が載っていた為、“No-Man”というバンドの事は1mmたりとも知らなかったのですが、日本盤も出ていた事もあり即購入。
当時King Crimsonの再結成を控えておきながら、当のR.Fripp御大は「課外活動」に莫大な精力を傾けておりまして、94年前後に発売されたアルバムだけでも、The OrbのAlex PatersonやTomas Fehlmannらとのユニット“FFWD”の『FFWD』、“Iona”『Journey Into The Morn』、“The Grid”『Evolver』、“The Future Sound Of London”『Lifeforms』などなど、その他にも山のようにゲスト参加しておりました。
私などは思わず「そんなアルバイトはいいから、頼むから本業(= King Crimson)のアルバムを早く!」などと叫んでおりましたが、その爆発的音楽衝動もKing Crimsonの活動再開の為の助走だったのかしらん。
閑話休題。
購入しCDプレーヤーに掛け一聴してみたところ、まさに「当たり!」となりました。良かった良かった。初期のDavid Sylvianなどの系統に繋がる、遅れてやってきた『ニューウェーバー』なヴォーカルとアンビエント・ポップ/エレクトリック・ポップ的なアプローチが私のツボにグッときました。
ゲスト参加したミュージシャンはは前述したRichard Barbieri(Electronics,ex.Japan)やRobert Fripp(G,Frippertronics ,ex.King Crimson)、そしてSteve Jansen(Per,ex.Japan)、Mel Collins(Sax,ex.King Crimson)、Ian Carr(Trumpet,ex.Nucleus)など、私的垂涎のラインナップ。ステキ過ぎる。
M-1からピアノやストリングス、I.CarrのトランペットやM.Collinsのサックス、そしてR.Frippのギター・ソロがT.Bownessのウィスパー・ヴォーカルと絡み合う9分を越す大作。場面場面の展開が矢継ぎ早になされるけれども、俗に言う『プログレ』的な大袈裟な展開ではなく、流れる水のような自然な流れとなっています。
エレクトリック・ポップさとアンビエント・ハウス的な語彙をもって作られたM-2やM-6、T.Bownessの耽美的なヴォーカルをメインに世界が繰り広げられてゆくM-3やM-7など、劇的な盛り上がりは無いものの染み入るような良い曲が揃っています。
劇的な盛り上がりが無いと上述しましたが、ラス2となるM-8ではR.Frippのギターが大盛り上がり大会、まさに吠えまくります。Lisa Gerard(Vo,ex.Dead Can Dance)の叫び上げるようなヴォーカルと、R.Frippの切り裂くようなギターをバックに曲は進んでゆくのですが、後半の3分間はまさにR.Frippのギター・ソロ&Frippertronicsの独壇場となります。
このアルバムの中でもFrippertronicsは色々な所で使われているのですが、D.SylvianやNo-Manの様なアンビエントなヴォーカルものには特によく合うようです。そして背骨を震わされるような『カッチョイイ!』としか言えないギター・ソロ、シビれまくります。
そしてM-9ではエレクトリック・ヴァイオリンが効果的に使われており、それと粘つくようなヴォーカル、ラストで展開されるロング・トーンなギター・ソロ、どれもが曲を構成する上で欠かせないものとなっており、ドラマティックな曲と成り得ています。
ラストを飾るこの2曲の為だけに、私にとってこのアルバムは手放せないものとなっております。
ただこれ以降のアルバムも何枚か購入したのですが、より内省的に・より耽美的に・よりアコースティックへと、内へ内へと籠もるような作品が多いように感じます。その内面へのエネルギーと外部からのゲストの指向性との掛け合わせから生まれるモノの力を「Flowermouth」では存分に感じられたので、今の傾向はちょっと勿体ないようにも感じられます。
今では日本盤もきっと廃盤になっているだろうし、そもそもCD屋さんにコーナーすら見かけないNo-manですが、見かけたら手に取って眺めるぐらいはしてみて下さいませ。特にR.Frippファンにとってはこのアルバム、「即買い」の域ですよ。
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2007/05/29追記
2006年のPorcupine treeの日本ツアーの前座を(もともとはProjeKct Six名義で参加のはずでしたが)Robert Frippが務めたり、R.FrippがS.Wilsonの事をベタ褒めしてたり、新作『Fear of A Blank Planet』にゲストとして参加したり、といったRobert FrippとPorcupine treeの中心人物Steven Wilsonとの濃い交流はこのアルバムから始まっていたのだと思います。
No-Man、Porcupine tree、etc...の事ならば何はともあれココ!といったサイト「Steven Wilson JPBO」さんの渾身のアルバム・レビューには
「One Little Indian の力の入れ方が窺い知れるが、既にこの時、 No-Man とレーベルの間には方向性の相違による亀裂が生じていた。」
とありますが、やはりレーベル側の描くNo-Man像とバンド、S.WilsonとTim Bownessらの描くそれとはかなりの乖離があったんでしょうか?確かにこの後のアルバム群ではこのアルバムにあったようなカラフルで落ち着きを伴った奔放さとでも言いましょうか、そんな万華鏡の中のようなきらびやかさが徐々に失われ、キリキリと絞り込まれるようなストイックなアンビエント・ポップへと移行していった様に思われます。
それらはそれらで好きだったりするのですが、私にとっての一番に挙げるべきNo-manのアルバムはやはりこの『Flowermouth』だったりします。
「R.Frippがゲスト参加してるからじゃねーの?」と言われるでしょうが、むしろそんな声には「あぁ、そのとーりだ!」と答えておきましょう(苦笑)。
それくらいに90年代に於けるR.Frippのゲスト参加アルバムでは重要な作品だと思います。シビれるくらいのロング・トーンのギター、まだ聴いていないコアなファンの方はいないとは思いますが、いたとしたら是が非でも手に取ってみて下さい、No-Manの創り上げる世界観とR.Frippのギターの相性の良さにシビれまくれること請け合いでごさいますよ。
そうそう、この『Flowermouth』のリミックス・アルバム『flowermix』が1995年に発売されております。

『Flowermouth』に収められた楽曲達がバラバラに崩されドローンになめされきらびやかだったガラス片が押し潰され溶解され再構築された様はこのアルバムを気に入った方には是非聴いてもらいたいです。
2005年に再発された『Flowermouth』にはこのリミックス・アルバムから「Angeldust」と「Born Simple」がボーナス・トラックとして収められているそうです。元曲であるM-1「Angel Gets Caught In The Beauty Trap」をブロックに分け単調なビートで鞣し(なめし、って俺が読めなかったんだけれども)、T.BownessのヴォーカルもMel CollinsのサックスもR.Frippのギターをもパーツとして扱い再構築されたこのリミックス、なかなかに好きな楽曲。
「Born Simple」は果ての見えないような夜の海の鼓動を聴いているが如き暗いアンビエントな楽曲。R.FrippのSoundscapeと鼓動のようなビートが無機質に絡まる一品、「せっかくの『Flowermouth』をこのボーナス・トラックで〆て良いのか!?S.Wilson!」と問い詰めたくなります(笑)。
もひとつ追記として、このアルバムも「Flowermouth」というアルバム・タイトルも好きなのですが、このジャケット、冷たい空気と華やかでかつ張りつめたカラフルさが同居する素敵なジャケットが購入当時から好きだったのですが、よくよく見てみるとこのグラフィック・デザイン、King Crimsonの『紅伝説』などを手掛けたBill Smith Studio作でした。おぉ、良い仕事するな、Bill Smith!
つーか、追記が長いよ、俺(苦笑)。
関連URL:SWJPBO "Flowermouth"

