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King Crimson / Casino Asbury Park June,28,1974

Casino_Asbury_Park_1974.jpg


第三期クリムゾンのライブ・アルバム「USA」の元になったと思われる公演
Casino Asbury Park June,28,1974」(以下「Casino」)をDGM Live!からダウンロードしました。
「USA」はレコードでは聴いた事が無く、久しくCDも出ていなかった為私も聴く事が出来ませんでした。実はタイへ出張の際に屋台のテープ屋さんで買った海z(以下略)で聴いてはいた(スマン、今は反省している)のですが、それがようやく公式版、しかも曲数が増えて30周年記念盤として出たのが2002年。これはこれで出た当時は聴きまくっていたのですが、それがもっと生のテープに近い状態のものが「Casino」だと思います。

このウリはなんといっても後半部分のインプロヴィゼーションがフェード・アウトで終わっていた「Easy Money」と、実はもっと曲が長かった「Asbury Park」、この二点の完全収録、そしてD.Crossの演奏がより生々しく聴けるという事だと思います。

まず、曲の収録分数を比べてみます。

USA
Walk On ... No Pussyfooting:0:35
Larks' Tongues in Aspic,Part II:6:24
Lament:4:21
Exiles:7:23
Asbury Park:6:53
Easy Money:7:11
21st Century Schizoid Man:8:11
Fracture:11:19
Starless:14:53

Casino
Walk On:0:08
Larks' Tongues in Aspic,Part II:6:24
Lament:4:20
Exiles:7:16
Asbury Park:11:41
Easy Money:11:07
Fracture:11:02
Starless:15:50
21st Century Schizoid Man:9:33

曲順が変わっている事と微妙な収録時間の前後があるのはさておき、上述した二曲、Asbury Park(USA):6:53→(Casino):11:41、Easy Money(USA):7:11→(Casino)11:07と大幅に増えております。頭の中に記憶としてキッチリと残っているのと、後半部分が新たに収録し直されているという事から、聴き比べるまでも無いのですが、曲としての印象がまるで違います。とくに「Asbury Park」は後半部分が追加された事によって収束点が二ヶ所あるかのような曲になったと思います。昔からの「Asbury Park」に慣れてしまっている為、以前の曲の終わりの部分でそれ以降はまた別の曲に思える所も人の記憶っていうのは面白いもんだななんて思ったり。

また、ミキシングも大幅に違っている、もしくは生に近い状態で抑えられていると思われる為、聴いた事の無い音がそこいら中で聴こえてきます。多分D.Crossのキーボードもしくはヴァイオリン、メロトロンなどといったものだと思われますがこれがあるおかげで音のテクスチャーがまるで異なり、違う曲にすら聴こえます。

これらサイズの大幅に延びた二曲を聴いているのですが、元の「USA」は上手い所でカットしたな、というのが正直な感想です。たしかに「Asbury Park」の新収録部分でのインプロヴィゼーションがメンバーそれぞれの意思が上手く統一されていず崩壊しかけている所から一転、強引に焦点を定めそこへ向かってバンド一丸になり進んでいく様はファンならば聴かねばいけない重要なポイントではあるのですが、それと曲としての美しさを比べた場合、「USA」に私は軍配を上げたいかな。

もちろん当時はレコードに収録しなければならなかった為、収められる曲のサイズの制限があったのは確かですが、それとは別に「Asbury Park」のUSAでのカット部分でカットされていたからこそこの曲は一つの楽曲としての格好良さがあったのではないかな?

話は違いますが、「サモトラケのニケ」という彫像があります。これは多数の破片の状態で発見されたものを復元したものが美術の教科書などにもよく載っている「翼を大きく広げ胸を突き出し、凱歌を歌うかの如き姿勢」をとった彫像でありますが、これ、ご存知の通り発見当時から今まで頭部を欠いた状態で保存されています。

ここで「この頭を欠いた状態でここまで完全な美を形作っているのだから、もし失われた頭部が見つかったとしたならば、今以上の、どれほどの美を誇るのだろう?」という風にも考えられます。しかしもし頭部が見つかり、それを含めた完全な形で復元されたとして、今の「サモラトケのニケ」と同じレベルの美の境地に立つかというとそれは見つかっていない今の段階では無駄な質問でしかあり得ない訳ですが、しかし私は疑問を感じます。頭部を欠いた状態が完全な形として認識している所に蛇足のように(頭部を蛇足っていっちゃイケナイけどね)継ぎ足された所でそれはもう今まで認識していた彫像とはまるで別物になってはしまわないか?頭部が無かった事によって保たれていた「不均衡の均衡」といったバランスが崩されてしまうのではないか?それは両腕を欠いた「ミロのヴィーナス」にも言えると思います。

長々と何が言いたいかといいますと、「昔っからのインプリンティング(刷り込み)って凄いんだなぁ!」って事です(←...エェ、そんなオチ?)。ま、上の話は話半分としといて下さい、あくまで主観ですので。

だからといってこのアルバムの価値が下がるかといえば、全くもってそんな事は無くって、貴重な歴史の一ページが再び我々の耳に届けられるというその点だけを持ってしても偉大なアルバムであり楽曲達だと思います。「違いを楽しむ」のがクリムゾンファンのクリムゾンファン足る由縁だと思います(苦笑)。

もう一つのウリ、D.Crossの再フューチャー(?)ですが、これはもう一聴してUSAでは聴こえなかった音がアルバム全般的に再発掘されている訳で、D.Crossファンはもう買わなきゃイケナイ一枚ですよ。しかし、当初の「USA」ではEddi Jobsonのヴァイオリンがオーヴァー・ダヴィングしてしまったりと、King Crimsonを止めていった人間にはR.Fripp御大も大人げないというかヒドイ事をよくやりますな。ベストアルバム「Frame By Frame」での「Cadence and Cascade ( Re-Mix )」ヴォーカル差し替え事件や、同ベスト「Bolero ( Re-Mix )」ベース差し替え事件等々。あっ、全部Gordon Haskellだわ(苦笑)

そんなこんなで「USA」と同じ日の公演を収めたこのアルバムですが、耳に届いてくる音像はまるで違うものであると言えます。ホント、聴き慣れた耳で聞くと余計に新鮮に感じるこのアルバム、DGM Live!で買う初めての一枚はこれが良いんじゃないかな?
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テーマ : 洋楽CDレビュー - ジャンル : 音楽

tag : Crimson Fripp

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